リヒテンシュタインという国について 
正式名称は「リヒテンシュタイン侯国(Furstentum Liechtenstein)」。
世界でも数が少ない、侯爵が国家元首として民主議会制度を基礎とする世襲制立憲君主国です。
リヒテンシュタインの歴史 
この国の始まりは、18世紀前半にオーストリア(独語:低地独語/中部高地独語:エースターライヒ、上部高地独語:オェシュターライヒ)のハプスブルク家(現地語はハプスブウク(Habsburg)、もともとは「鷹」を顕したハビヒト(Habicht)と「王城」を指すシュロス(Schloß)と同意義である「城壁」を指すブルク(ブウクとも、burg)とを併せたものが「ハビヒツブルク(ハビヒツブウク)」(Habichtsburg)となったが語源)の大臣で、ウィーンの南方の領主だったリヒテンシュタイン家の侯爵・ヨーハン・アダム・アンドレアス(現地語はヨーアン・アダーム・アントレアス/アンツレアス)が、山に囲まれたライン川沿いのファドゥツ(現地語:ファドーツ)とシェレンベルク(現地語はシェレンベウク)の地を購入し、神聖ローマ帝国に侯国として認められた西暦1719年までにさかのぼります。
その後、隣国スイス(独語:シュウァイツ。スイスは仏語読み)とオーストリア、さらには第2次大戦中はナチスドイツ(独語:ナツィスドイチェ)に翻弄されながら現代に至っている。現在では、その侯爵の末裔であるハンス・アダムス2世がこの国の元首として在位しています。
| 西暦 | 出来事 |
| 1342年 | ファドゥーツ伯爵領成立 |
| 1699年 | ヨーハン・アダム・アンドレアス侯爵、 シェレンベルク領(低地リヒテンシュタイン)を 購入 |
| 1712年 | 同侯、ファドゥーツ伯爵領(高地リヒテンシュタイン、現在の地)を購入 |
| 1719年 | リヒテンシュタイン、神聖ローマ 帝国領の侯国に昇格 |
| 1806年 | ライン同盟への加盟により、 独立主権を取得 |
| 1868年 | リヒテンシュタイン候国軍隊を解散 |
| 1921年 | 第一次新憲法施行 |
| 1924年 | スイスと関税同盟を締結、スイスフランを公用通貨を導入 |
| 1978年 | 欧州評議会に加盟 |
| 1990年 | 国際連合に加盟 |
| 1991年 | 欧州自由貿易連合(EFTA)加盟 |
| 1995年 | 欧州経済領域(EEA)加盟、世界貿易機関(WTO)に加盟 |
| 2003年 | 第二次新憲法施行 |
| 2004年 | アーロイス皇太子、侯爵ハンス・ アダム2世の国家元首代行に就任 |
| 2006年 | 独立200周年 |
リヒテンシュタインの地理 
リヒテンシュタインはライン川上流に位置し、国土は広いところで南北方向に約24.6km、東西方向では約12.4kmです。面積も160平方キロと、瀬戸内海に浮かぶ小豆島と同じ規模しかなく、ヨーロッパ地図で見ても、目を凝らさないとどこにあるか見逃してしまいそうです。
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Vaduz
リヒテンシュタインの首都、ファドゥーツ
アルプスの山々に囲まれながらも国境にライン川が流れており、ラインバレー(渓谷)の一端に位置しています。そのために、最高標高地点2,599mから最低標高地点430mと、狭いながらも大変起伏に富んでいます。
リヒテンシュタインの現状 
国家の人口は約3万4000人と世界でも有数の小さい国。首都は人口5000人のファドゥーツ(Vaduz)。小国ながらも国連からも独立国として認められています。
この国が発行している切手の芸術性の高さも非常に有名で、またこの地に多く見られる牧草地を見て、切手と酪農が国の産業のメインであると考えられがちですが、それは過去の話です。
現在では精密機械産業や義歯、銀行・投資のビジネスが盛んな国でもあり、これらの産業がリヒテンシュタイン侯国のGNPのほとんどを占めています。
また、オリンピックにも少ないながらもスキーなどで代表選手を送り出したり、ワールドカップにも出場しています。
| ★ リヒテンシュタインのデータ ★ | |
| 正式名称 | Fürstentum Liechtenstein |
| 英語名 | Principality of Liechteinstein |
| 日本語名 | リヒテンシュタイン侯国 *1 |
| 首都 | ファドゥーツ(Vaduz) … 位置:北緯47度08分/東経09度32分 |
| 面積 | 約160平方km |
| 人口 | 約34,000人 |
| 人種構成 | 上部高地ドイツ系リヒテンシュタイン・アレマン人95%,その他(イタリア系・トルコ系など) |
| 宗教 | カトリック:87%,プロテスタント:9%,その他(イスラム教) |
| 平均年齢 | 男:78歳,女:86歳 |
| 人口密度 | 200人/km2 |
| 標高最高地点 | 2,599m (GrauspitzBerg=グラーオシュピッツ山) |
| 標高最低地点 | 430m (Ruggell=ルッゲル地区) |
| 公用語 | ドイツ語(上部高地ドイツ語) |
| 国連加盟の有無 | 加盟(1990年9月18日) |
| 時差 | 日本時間−8時間 (サマータイム制有) |
| 通貨 | スイスフラン (SFr.または CHF) 1SFr. = 約100円 (2007年3月) |
| 国民総生産(GNP) | 11億1200万米ドル(1997年) |
| 一人あたりの国民総生産 | 3万5170米ドル(1997年) |
|コンセント|230V/50Hz(形状は丸穴型 タイプC)
| 電話の国番号 | 423 (2000年4月より変更*2) |
| 緊急時の電話 | 警察:997 救急車:998 消防署:999 |
| 携帯電話システム | GSM (ボーダフォン3G使用可能) |
| 現地日本大使館 | 在スイス大使館が兼轄:+41-31 300 22 22(ベルン) |
| インターネットドメイン | .li (=Liechtenstein頭文字の li |
|国名識別コード|FL(=Furstentum Liechtensteinの頭文字)
このあたりは、「アルプスの少女ハイジ」の舞台にもなった地域です。現地ではハイジのことをHeidi(ハイディー)と呼んでおり、スイスで元々親しまれている童話だったのです。リヒテンシュタインに行く途中には「ハイジの国(Heidiland)へようこそ」の看板をところどころで目にします。
*1 侯爵が統治する国ということで侯国とするのが正式ではあるが、かつて日本の新聞社の漢字コードに侯の文字がなく(候とは違う!)便宜的に公国としてしまった経緯で「リヒテンシュタイン公国」と書かれる場合もあります。
*2 電話の国番号は、以前はスイスと同じでリヒテンシュタイン用の市外局番(+41 75)を使用していましたが、スイス・テレコム(swisscom)からリヒテンシュタイン・テレコム(Telecom FL)が分離・設立されたのに伴い、専用国番号+423に変更されました。
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